ふるさと
                             田辺雄司
 70年も昔の少年時代の冬の午後の一こまが今でも時々脳裏に映画の一場面のようによみがえることがある。

 隣村へ通じる雪道で遊んでいると一匹の山ウサギが道を横切ってブナ林に走り込む。数人の友達と思わずウサギの足跡を追ってブナ林に入った。雪も降り止み雪ヤブを歩いても足を取られることもない。すでにウサギの姿は見えないが足跡は林の上の方に続いている。しばらく足跡をたどって上っていくとブナ林を通り抜けて峠の頂上の開けた所へ出た。

 そこからは四方の遠くの景色が展望できる。北方から西へ男山、黒姫山、鷹巣山、尾神岳、遠くには妙高山が見える。さらに南から東へかけて長野黒姫、苗場、駒ヶ岳等々の雪山が夕日に映えて美しい。
 しばらく景色に見とれていると急に足が冷たくなった。フカグツ(藁長靴)の中の雪が解けてきて冷たくなってきたのだ。みんなのノノコ(綿入れ着物)の裾が雪まみれになっていて、それが夕方になって気温が下がったため凍りついてしまっている。
 我に返ったみんなは急いでブナ林を下り始めた。林の中に入ると急に日が暮れたような感じになってみんなが早足で下り始めた。途中、雪のイギリマからイタチや山鳥がとび出して驚かせる。上りの時に比べ雪に足を取られてしまい歩きにくい。つんのめって転ぶ友達もいる。
 ようやく道に出たころは夕闇がせまっている。フカグツもノノコの裾も凍って堅くなってきた。家に帰り着くとフカグツを脱ぎ捨てて
 「ああ、ちべぇてぃ」と家の中に駆け込んで囲炉裏に直行して両足を入れる。
 祖母が「この野郎ばっかしゃ土間口から雪だらけだがなぁ。ほんに馬鹿が・・・」と言いながらニワから座敷にかけて散らばり落ちた雪をホウキでていねいにはいている。
 囲炉裏の火に当たっているとノノコの裾の雪が解けて水がしたたる。それを祖母に見られてまた叱られる。
 母は、「ほら、風ひくがな」と言ってヘヤから代わりのノノコを持ってきて囲炉裏の火で温めてから「早く着替えろや」と渡してくれる。
 暖かいノノコに着替えていると、祖父から「サツマイモを焼いておいたすけ食べてからランプのホヤ磨いておけや」と言われて、こたつでホヤを磨いてそのまま寝込んでしまった。夕食近くに起こされて寝ぼけ眼で囲炉裏のそばにいくと、母が囲炉裏の枠にかけて乾かしていたノノコがよく乾くようにと裏返しにしている。
 囲炉裏にはお汁鍋がかけられて火がパチパチと音を立てながら燃えている。祖母が焚き物小屋からボイを出しては継ぎ足している。囲炉裏にかけられた鍋が煮立ち始める。鍋の木のふたが動き出して味噌汁の香りが漂い始める。
 
(石黒在住)