アルミ弁当箱 
 上は、サイズからみて子供用の弁当箱で、低学年用であろうか。小学校高学年にもなれば、大人なみの弁当箱を使った。大人用の弁当箱には深さが10p近くもあるものもあった。とくに板畑や居谷集落(通学路距離約4q)から通学する子どもの弁当箱は大きかった。
 昭和20年〔1945〕代の弁当箱はアルミ製のこの形のものであったが、おかず入れを使う子どもは、全然なく、ご飯の上に梅干しや味噌漬けを入れるだけであつた。
 特に戦時中は質素が重んじられ、ご飯を詰めた弁当箱の真ん中に梅干し一つ入れただけの弁当が「日の丸弁当」などと推奨された。しかし、梅漬けは石黒では貴重な食品であったので茄子や大根の味噌漬けがお弁当のおかずであった。
 冬季には、学校の教室の薪ストーブや石炭ストーブの上や周りに、弁当箱を積み上げて暖めた。4時間目ともなると、暖められた弁当の香が教室中にただよったものである。

→子どもの暮らし





l   大人用の弁当箱