恐れ乍ら書付を以って申し上げ奉り候  田辺重順家文書   用語の手引
   



















奥州


注進


〇御請書


文政7年

広田村

石黒村


門出村


〇桑名御領→岡野町、高尾、山中、門出、石黒の幕領は桑名藩預所、広田村も同様。


末尾の年月日の干支の「午」は「申」の誤り。午は事件の起きた文政5年の干支。
 
    恐れ乍書付を以って申し上げ奉り候
  去々午年九月九日夜奥州西川本町庄之助
  借家旅籠屋甚左衛門後家おと(人名)を殺し金子を
  盗み取り候体にて逃げ去り候下男周助
  右の者去る午年人相書きを以って尋ね方
  仰せ付けられ承知畏み奉り相尋ね候得共見当たり申さず
  其の後見当たり申し候はば早速お届け申し上げ奉るべく候旨
  御請書差し上げ奉り候處 尚又今般尋ね方仰せ付けられ
  承知畏み奉り一同申し合わせ村内は勿論近村迄も
  悉く相尋ね候得共右に似寄り候もの一向見聞き
  申さず当此れ以後入念相尋ね見当たり申し候はぱその段
  早速御注進申し上げ奉り候これに依り御請書
  差し上げ奉り候 以上  
    文政七午(※正しくは申年)年三月      刈羽郡
                  広田村  庄屋 庄蔵  
                  石黒村  庄屋 源蔵   
                  門出村  庄屋 六郎左衛門                       
 桑名御領  
   御役所