ツバメとヘビ
                           田辺雄司
 今年は、4月になってもなかなかツバメが来ない。去年まで毎年、ヒナが蛇に飲まれているので今年はあきらめて我が家には来ないのだろうかと想っていると、ある日突然姿を現した。そして早速、巣作りを始めた。
 だが、こうしてせっかく巣を作り、卵を産みヒナが孵っても、その直後、蛇にやられてしまう。いくら、私が注意していてもいつの間にかやられてしまうことが5、6年続いた。
そこで、私は今年は可哀想だが、我が家には巣を作らせまいと決めて一日かけて作った巣をその日の夕方棒で落とすことにした。心の中ではツバメに謝りながら、毎日、つがいで運んで来てつける泥を落とし続けた。
 しかし、ツバメは、なかなかあきらめる様子もなく毎日せっせと泥を運んで来た。私はだんだん、その泥を落とすのが残酷に感じられてやりきれない気持ちになった。

 ところがである。ある日、雁木の奥に入った私は、ふと頭上を見上げて驚いた。私が毎日ツバメの運んできた泥を落としていた場所の30pほど奥の梁(はり)の裏側に、もう立派に巣ができあがっているではないか。
 いやはや、ツバメは80才の私をだまして最初の場所に見せかけの泥を付けて、反対側のこちらからは見えない場所に本式の巣を着々と作っていたのだ。こりゃ、ツバメに一本取られたと私は思った。何という利口な鳥であるかと感心した。
 そして、「よし、お前たちが、そこまでやるなら、俺も今年こそ何としても蛇からヒナを守ってやるぞ」と決心をした。
 しかし、朝から晩まで見張りをしているわけにも行かない。今までタバコをぶら下げるなど色々試みたが効果はなかった。とは言っても今年は、必ず守るからと決めたからには何としても守らなければならない。そこで、まず夜も見回りが出来るように近くに懐中電灯を下げた。
そのうち、卵が産まれたらしく1羽がずっと巣であたためていた。
 ある日のこと、昼寝をした後でツバメの巣を見に行くと巣をめがけて1mほどのアオダイショウが近づいているではないか。私はとっさに近くにあったキンチョールを蛇の頭をめがけて 吹きかけた。蛇はドサッと音を立てて地面に落ちた。そして縁の下にずるずると逃げ込んだ。
 私は、縁の下に向けてキンチョールを噴射したあとツバメの巣にはかからないように注意して周りの柱や壁にも吹きかけておいた。
 それからは、特に念入りに見張りをするようにつとめた。畑仕事や病院通いで半日留守にするときには、柱や壁にキンチョールを吹きかけてから出かけるようにした。
 その後何日か後、卵の殻が下に落ちているのに気づいて「ああ、ヒナが孵ったな、これからはなおいっそう注意しなければなるまい」と思った。
 巣の下に敷いた新聞紙の上の糞もだんだん大きくなりヒナの黄色いくちばしも見えるようになった。そして、4、5日たった朝、巣をみると1羽もいないので、さてはヘビにやられたか、いや、あそこまで成長したのだから簡単にヘビの餌食にはなるまい、と外に出てみると親子5羽のツバメが電線にとまっていた。
 ところが、その日は夜になっても巣に戻っては来なかった。私は大抵ツバメは2、3日は家の周りで飛ぶ練習をして夜は巣に帰ってくるのにさっぱり夜も姿を見せないので心配になった。と同時に何で急に親子とも姿を消してしまったのか、日夜見張りを続けてやったのにとなんとなく寂しい気持ちにもなった。

 その日は朝から小雨模様の涼しい日だった。私は縁側の明るい所に出て爪切りをしていた。ふと、どこから来たのかツバメたちが庭の上をぐるぐる飛び回っていることに気づいた。
 すると、親ツバメと思われるツバメが縁側にいる私の頭の上まで来ては舞い上がり、また私の手の届くほどの近くまで来ては舞い上がる。その動作をしばらく繰り返している。私は、思わず「おお、来てくれたか、みんな元気に帰れよ、来年も待っているぞ」と声をかけて手を振った。それから2度私の頭上まで来るとそのまま遠くに飛び立っていった。私は飛び去るツバメを目で追ったがすぐに見えなくなった。いつの間にか雨も止み雲の切れ間から青空が見えた。
 私は、寂しい気持ちと、心が満たされたようなうれしい気持ちになった。そして、今年こそは何か良いことがあるような気がした。
(2008.7)