学 習 机     

 昭和20年頃に、村中で子供用の勉強机を持っている者などいない時代であった。大抵の子供は石油箱か炬燵(コタツ)やぐらを机代わりに勉強した。
 私もそうだったが、友人のKだけは子供用の勉強机を持っていた。小さなかわいらしい机であったが、ちゃんと引き出しもついた正真正銘の勉強机であった。Kの家が近くであったのでよく遊びに行ったものだが、そのたびにその勉強机がうらやましかった。
 しかし、ある時にこの勉強机の由来について話を聞いて驚いた。話によるとKの父親は彼が小学校に入学する前に出征した。大工であった父親は出征の前の晩に、Kのためにこの勉強机を作ったのだという。
 そして、出征した父は硫黄島へ配属となり、悲惨な最期をとげた。木の根から昆虫の果てまで食べられるものはすべて食べても、ついに生きて帰ることはなかった。
  あの小さな勉強机に込められた、残して行く子供への気持ちは、そして地獄の戦地から祖国の家族への思いは、いかばかりであったであろうか。

 ちなみにKは学校時代抜群の成績であった。

               (文 大橋寿一郎)