DATE20141209
子供に接して 大橋末治 数十年来、自由に遊ぶ子供と接したことがなかったが、ひょんなことから子どもの一面に接することがあり、何故か頭の片隅に残っていることがある。 ある時、私が池の周りを散歩していると、小学校上級生位の2人の男の子が冊を飛び越えて出てきた。一人は冊の金網の端で、右手に傷を負い半分泣き顔になっていた。血も出ておりおろおろしていた。近くを見ると冊の当たりにヨモギが生えていた。私はとっさにヨモギを採り、手でもみ柔らかくした。そして子供の手を取り消毒のため少し血を絞り出し子供の患部にヨモギを当ててやった。そして「これで血も止まるし、大丈夫だよ」と言った。子供は小さく頭を下げると飛び去るように視野から消えた。何処の子か知らない。相手も同様「変なおじさん」と思っていたことだろう。 暖かいある日のことだった。我が家の垣根の草取りをしていると、小学校低学年の女の子たちが「ままごと」をしている話し声が耳に入った。大きな声なので自然に耳に入ってきた。それぞれの家庭内の日常生活のことが伺われるような場面が多く「子供は家族の日常生活を良く観察しているな」と感心していた。 半世紀前頃の「ままごと」では「後は、愛情だけ」と言って鍋の蓋を取り「ふっ」と息を掛けるのを聞き、大いに感心したり驚いたりしていたのが懐かしい。 |